幼い時の不安な気持ちがパニック障害に結びつく気がする。

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幼い頃の母との関係は、大人になってもトラウマとして
残るのではないかと思うのですよ。

私はパニック障害と診断されたのですが、
パニック障害と直結しているのが「不安」だと思うのですね。

よく言われる「予期不安」ですね。
パニック発作が、いつ起きるかわからないので
不安で外に出られなくなるわけです。

私の場合、外でパニック発作が起きることは少なく、
家で起きることが多かったため、外出ができなくなると
いうことはなかったです。

全く、外で発作が起きないわけではないのですが、
外の方が意識がパニック発作から反れているので、
起きにくかったのかもしれません。

発作はいつも、一人の時に起きました。

外へ出かけた時でも、一人で車を運転している時に
起きたりするのですね。

先日、ヴァイオリンコンサートを聴いたのですね。
そこで封印していた記憶が蘇ってきたのですよ。

私は、幼稚園のとき、オルガンを習っていたのですね。
幼稚園を卒園するときまでに終わらなかったオルガンの
カリキュラム。

私はオルガンを続けたかったのかどうかは、
思い出せないのですが、辞めさせてもらえなかったので、
小学校へ入学しても、幼稚園までオルガンを習いに
行っていました。

幼稚園は、家から遠かったのですね。
母が幼稚園まで一緒についてきてくれることもなく、
一人で歩いて幼稚園までオルガンを習いに通って
いたと思うのですよ。

小学校から帰って、オルガンを習うために、
幼稚園まで歩いていく私。

ちなみに小学校も遠かったので、通学にかかる時間は、
子供の足では30分ぐらいじゃなかったかと思うのですよ。

歩いて小学校から帰ってきて、それから幼稚園まで
歩いてオルガンを習いに行く。
その道中の様子は、思い出せない・・・。
危ないから車が通る道ではなく、田んぼのあぜ道を
通って歩いていったと思います。
ひとりで歩いていたというイメージしか残っていない。
一人で幼稚園までの道を歩いているときの心細さ・・・。

それでも、オルガンのカリキュラムが終わるまで続けた私。

次は、エレクトーンかピアノのカリキュラムに移ることになり
母に伝えると、あっさりとダメだと言われて、
エレクトーンもピアノも習えなかった私。

私の中では、せっかく頑張ってオルガンのカリキュラムを
終わらせたのだから、続けたかった気持ちもあったと思うのです。

このとき、母への怒りや悲しみもあったと思うのですね。
イヤな気持ち寂しい思いを押し殺して、頑張ってオルガンを
続けて、次へ行きたいと思ってたのに・・・。

ここで辞めさせられるなら、幼稚園を卒園するときに
辞めたかった・・・。

とにかく、けっこう私は、そのとき相当、傷ついた気がするのです。

そして、頑張っても報われない・・・。
そんな思いが心の奥底に、住み着いたのだと思うのですね。

まとめ

不安というものは、多かれ少なかれ誰にもあると思うのですね。
私の場合、悪性リンパ腫になったことで、自分の将来が不安になり、
そこからパニック障害の発作が起きるようになったのです。

ガンになったからといって、全ての人がパニック障害に
なるわけではないので、私の中にそんな要素があったんだと
思うのですね。

その一つが、幼いときの忘れていた記憶ではないかと
思ったのですね。

その記憶、いつまでも持っていても仕方がないので、
瞑想的な手法で手放すというか、昇華させてあげます。

そんな方法を今の私は、知っていて本当に良かったと
思うのですよ。

人生は何か不思議な力で導かれているので、
必要なものは必要なタイミングで巡り合うのではないかと
私は思うのですよ。