誠意を持って自分と付き合っていますか?自らを分けると書いて自分と書く。

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悪性リンパ腫と診断された時の私を思い返してみると、
自分という存在を忘れていたのではないかと思うのですね。

育児で寝る時間も削られ、家事などもそれなりに
完璧を目指してやっていたのではないかと思うのですよ。

ようするに頑張りすぎていたのですね。

若い時は、頑張りが効くんですよね。
ちょっとぐらい睡眠時間を削ってでも、
身体はついてくる。

ところが、年とともに、身体がついてこなくなる。

これは中医学で言うところの先天の気
少なくなってくるからではないかと思うのですね。

その時期がちょうど、40歳前後で男女で少し違う。

今でこそ、そのことを知っている私ですが、
悪性リンパ腫と診断された頃は、
知らなかったのですよ。

出産、育児で体力を消耗していたんでしょうね。
それに気づかないできて、病気になってしまった。

前兆はあったのです。

出産して4ヶ月を過ぎたころ、尿路結石から
腎盂腎炎になって入院してしまったのですよ。

ここで、気づいていたら、悪性リンパ腫に
ならなかったかもしれませんね。

身体を壊しているのに、まだ頑張れると思って、
退院後も元の生活に戻してしまいました。

斎藤一人さんが「ガンになる人は頑固か
頑張りすぎ!?」
と言っていますね。

その頃の私は、両方を持ち合わせていました。

今の私は、どっちも手放しました。

身体を壊してまで、頑固に頑張らなければ
ならないことが、この世にある?

身体が無くなったら、この世を去ることに
なるのですよね?

そんなことを忘れていました。

自らを分けると書いて自分となります。

母親としての自分。
妻としての自分。
嫁としての自分。

自分をどんどん役割で分割して言ったら、
残るのは何でしょう?

どんどん分割していくと、どんどん小さくなって
欠片のようになり、最後は、見えなくなってしまう・・・。

自分が見えなくなってしまうのですね。

そうなるともう、自分が自分でわからなくなってしまいます。

過去の私は、そんな感じでした。

今の私はどうかというと、自分を分割するのを
やめたんでしょうかね?

いろんな役割はあるものの、自分は自分という
ポジションは確保している感じがします。

同じことをするにしても、捉え方や
行い方で、結果が同じであっても、
内容が違うというか、感じ方が違うというか、
疲れ方が違う・・・みたいな感覚がありますね。

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