畑の虫を殺したくないのは、自分の手を汚すのがイヤだから。殺すと殺生は違う。

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無農薬で畑をやっていると、いろんな虫やら
ミミズやらカエルやらヘビやら、まぁいろいろな
生物が畑に住んでくれるのですね。

畑の野菜にとっての益があるならば、住んでいても
特に問題はないのです。
虫の中には畑に害をもたらすものもいるわけです。

畑という環境の中でなければ、虫が住んでいても
仕方がないわけですが、畑の中、それも育てている
野菜を食べるような虫には、ほとほと困るのですね。

私は、何年も「虫」をどうしたものかと悩んでいました。

虫を殺しても良いのだろうか・・・。

なるべく殺さないですむ方法を探してみるのです。
見つけたら畑の外に出したりもしました。

でも、羽根のある虫は戻ってきますね。
戻ってきたらまた、野菜が食べられてしまいます。

仕方なく羽根のある虫は、見つけたら
殺すことにしました。

それだけでは野菜の被害はなくなりません。

見つけた虫だけを殺しているので、虫の相対的な
数の方が多いから。

仕方なく羽根のある虫の幼虫も殺すことにしました。
私の畑は、ヨトウムシやコガネムシの幼虫が多いです。

見つけたら、道路に投げてショック死を
狙います。
道路なら車に引かれたり、鳥に見つかったりして
結局、死ぬのではないかと思ったわけですね。

で、あるときですね。
高野山へ行く機会があって、大師教会で
お授戒を受けたのですよ。

その授戒を受けたときに、阿闍梨さまから、
殺生の話を聞いたのですね。

詳しい話は忘れてしまったのですが、
蜘蛛の巣に何かの虫が囚われていたのですね。
見つけたお坊さんは、その虫を助けてあげたのですよ。

囚われていた虫は助かったけれども、
蜘蛛は、餓死してしまった・・・。
というような話だったと思います。

一方を助ければ、一方が助からない・・・。

畑の虫についても、野菜が被害にあえば、
多少なりとも、私の家族の食べる野菜が
減ったりするわけですね。

虫が食べるぐらい・・・と侮ることなかれ。
苗が幼いときに、虫にやられると野菜の苗は
死んでしまいます。

ヨトウムシなどは、植えたばかりの苗の茎を
刃物で切ったようにバッサリと切断します。

お金と手間をかけて育てている野菜を
そのようにされれば、ガッカリしますね。

話を畑の虫に戻しますが、ずっと虫を殺すことに
罪悪感を持っていたのですよ、私。

でも、この阿闍梨さまの話を聞いてから、
なんとなく悟ったことがあるのですね。

「殺生はしてはいけない」というのではなく、
「むやみに殺してはいけない」ということ
なのではないかと・・・。

「殺生」とは「殺して生かす」と書きます。
日本語は本当によくできていますね。

殺した生命を生かすのが「殺生」なのです。

私が殺した虫は、畑にそのまま残され、
それらは他の虫や微生物のエサとなり、
分解されて、やがて土に還るわけですね。

人間の私が虫を殺生するのもも、その畑の
循環の一部なのだとわかったのですね。

畑の外に出してしまえば、その循環が途切れる。

自分が直接、殺さないことで自分の手を
汚していないだけで、虫は多分、死んでいるのでは
ないでしょうか?

自らの手を汚さなければいい・・・。

なんてことは、エゴの塊ですね。

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